浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)1427号 判決 1991年9月20日
原告
浦山不二秀
同
浦山恵美子
右両名訴訟代理人弁護士
管野悦子
右同
村井勝美
右同
岡田正樹
被告
東京電力株式会社
右代表者代表取締役
那須翔
右訴訟代理人弁護士
柏崎正一
主文
一 被告は、原告両名に対し、それぞれ金一〇〇〇万円及び右各金員に対する昭和六〇年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一本件は、原告らの長男である浦山聖(以下「聖」という。)が自宅の二階の窓の手すりに身体を二つに折るようにしてもたれかかった状態で死んでいた事故(以下「本件事故」という。)について、原告らが、聖は被告が設置した家庭への引込電線により感電死したものであるとして、電気供給契約に付随する債務の不履行責任及び民法七一七条の土地工作物責任に基づき、死亡による損害(原告両名につき、それぞれ、聖の逸失利益を相続した四六六万一六七一円及び慰謝料一〇〇〇万円。これらの一部として、それぞれ一〇〇〇万円を請求。)の賠償と死亡日以降の遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告が、聖は吐物誤飲により窒息死したものであって感電死したものではないとして死因を争う事案である。
二争いのない事実
1 当事者
(一) 聖は、昭和六〇年七月一一日午後六時五五分頃、自宅二階北東角の部屋(以下「本件部屋」という。)において死亡した。
原告浦山不二秀(以下「原告不二秀」という。)は聖の父であり、原告浦山恵美子(以下「原告恵美子」という。)は聖の母である。
(二) 被告は、電気事業法による電気事業者であり、原告不二秀との間で電気供給契約を締結し、川口市上青木二丁目四三番九号の同人方居宅(以下「原告宅」という。)に二〇〇ボルトの電気を供給している。
2 被告による引込線の設置
(一) 被告は、原告宅付近における電話線改修工事によって電話線と電気引込線が接近したため、従前の引込線を設置し直すこととし、昭和五九年三月、本件部屋の東側窓の外側に設置されている金属製手すりの東北端から最短距離約二九センチメートルの位置(部屋の内側から見て左側。)に、二階外壁から一階外壁にかけて新たな引込線(以下「本件引込線」という。)を設置し、これを原告不二秀所有の引込口配線と接続させた。
(二) 本件引込線は、六〇〇ボルトビニル絶縁ビニルシースケーブルと呼ばれ三本のビニル絶縁電線を束ねてできたものであり、三本のビニル絶縁電線は、それぞれ、直径1.2ミリメートルの電気用軟銅線七本を撚り合わせたものを黒、白、赤のビニル(厚さ1.2ミリメートル)で被覆したもので、太さはいずれも六ミリメートルである(以下、各ビニル絶縁電線を、ビニルの色に応じて「黒コード」等という。)
三主たる争点
本件の主たる争点は、聖の死因は何か(いかなる経緯で死亡したのか)である。
この点について、原告らは、聖が黒コードに生じていた亀裂に触れたことを原因とする感電死であると主張し、被告は、吐物誤飲による窒息死であると主張する。
第三主たる争点に対する判断
以下、一において当裁判所が認定した聖の死亡に至る経緯を概括的に明らかにし、二ないし五において問題となる事項について詳細に検討することとする。
一聖の死亡に至る経緯
1 聖の生活状況(<書証番号略>、八木広美、藤田宮子、江口靖子)
(一) 聖は、昭和五四年一二月二四日に生まれ、原告宅において両親である原告ら及び次男野生と一緒に暮らし、死亡当時は五歳七か月で上青木保育園の年長組に通っていた。
(二) 聖は健康な少年であり、それまで大きな病気にかかることはなかった。
2 本件事故発生当日の行動(江口靖子、八木広美、原告恵美子)
(一) 聖は、本件事故の当日である昭和六〇年七月一一日も元気に保育園に登園し、盆踊りの練習、昼食、昼寝などをした後の午後四時三〇分頃保育園を出、外で遊んだ後の午後六時三〇分頃帰宅した。
(二) 帰宅後、聖は野生とともに、二階の台所でサイダーを飲み(コップ一杯)、カップ入りのゼリーを食べた。原告恵美子は聖らに右のとおりゼリー等を与えた後、買物のために外出し、二、三〇分家を空けた。原告不二秀も家を空けていた。
3 感電を原因とする死亡(証拠は後記二以下記載のとおり)
(一) 聖は、ゼリー等を食べた後、本件部屋に行き窓枠に登ったが、その際、手の届く位置にあった黒コードに左手で触れた。
(二) 右黒コードには亀裂が入っていたため、聖の左手から左足を通って窓枠のアルミサッシに電流が流れた。そのため聖は次のいずれかの経過を辿って死亡するに至った。
(1) 心室細動を起こし即死した。
(2) 感電のショックで意識障害を起こして人事不省に陥り、腹を支えにして二つ折りになって本件部屋の東側窓の手すりにもたれかかる形になったが、その際、感電のショックにより、又は腹を圧迫したことにより、胃の中の物を嘔吐し、吐物を気道に吸引してしまったために窒息死した。
二左足大腿部・下腿部の傷について
死亡時、聖の左足大腿部及び同下腿部の外側に十個前後の点状ないし小円形状の傷が、ほぼ直線状に連なる態様で存在していたことは当事者間に争いがない(以下これらの傷を「本件傷」という。)。
この傷を、原告らは電流斑であると主張し、被告は有刺鉄線か何かによってできた陳旧性の傷(かさぶた)であると主張する。そこで、本件傷の性質及び成因につき、以下、1において個々の傷の形状からの分析、2において全体としての傷の形状からの分析、3において他の事情も加えた総合評価、の三段階に分けて検討することとする。
1 個々の点状の傷の形状
(一) 電流斑の形状
電流斑とは、電流の流出入部に相当して形成される皮膚損傷(熱傷)であり、帽針頭大から豌豆大位の、円形の灰白色、灰黒色ときには茶色の皮膚の陥凹で、その内に小さな穿孔を認めることがあり、周辺部は堤状に隆起していることがある。陥凹の底面にはときに出血をみることもあるが、通常は出血は殆ど見られない。このように変化した皮膚はやや硬固であって、変化が真皮にまで達することがある。またその周囲には発赤もなく、創傷面には分泌物もない。外観的には新鮮な創傷の感じがなくて、治癒間近い切創をみるようである(<書証番号略>、大橋正次郎)。
(二) 本件傷の形状
証拠(<書証番号略>、藤田宮子、原告不二秀)によれば、聖の左足大腿部、同下腿部外側の傷は次のようなものであると認められる。
即ち、その傷は中央部がやや陥凹し周辺部は堤状に隆起している。その色は、茶色で中央部が濃く周辺部が薄くなっている。創傷面には出血、分泌物は見られず新しい創傷のようには見えない。
本件傷の右形状は、(一)の電流斑の形状と極めて類似していると言うべきである。
(三) 長江、児玉証言について
本件傷を実際に見た長江大医師(以下「長江」という。)は、死体検案書(<書証番号略>)の欄外にメモとして左足の図を書き、傷の状態を示し「陳旧性の点状の傷」と書き加えている。同人はまた、少なくとも二、三日はたっているような傷であり、かさぶたになっていた旨証言している。
また、同じく本件傷を実際に見た児玉敏和警察官(以下「児玉」という。)は、陳旧性の傷であって、かさぶたになっており、検視のとき天眼鏡を使い、ピンセットで傷をほじくり出したり、剥がしてみたりした旨証言している。
被告は、長江らの右証言等を根拠の一つとして、本件傷は電流斑ではないと主張する。
しかし、感電死(特に低圧電流による感電死)の診断が問題になることは稀であり一般臨床家が取り扱う機会も稀であること(大橋正次郎)に鑑みると、長江らの証言等の信用性の判断は慎重にしなければならない。
そして証拠(長江、児玉)によれば、長江は、産婦人科の医師であって、感電死に立ち会う機会が多いとは認め難く、児玉も、警察官としてこれまで四〇〇を越える遺体を見たことがあるものの、感電死については二件しかなく、しかも、一件は高圧電流によるものであり、一件は風呂場での自殺であって、本件で問題とされているような低圧(一〇〇ないし二〇〇ボルト)電流による電流斑を見ているわけではないので、判断能力が十分にあったとは言い難い。
また、電流斑は、ジュール熱によるいわゆる熱傷であって乾いているという特徴を持っており(大橋正次郎)、形状においてかさぶたと類似する点がある。
加えて、長江、児玉はいずれも、本件事故が感電によって生じた可能性があるとは全く考えておらず、かえって眼瞼結膜の溢血点の存在や気道への吐物の吸引の事実から吐物誤飲による窒息死であると直ちに判断したものであるから(長江、児玉)、左足の傷が何であるかについては詳細な判断を加えていないと推測される。
右各事情に照らせば、陳旧性の傷(かさぶた)であったとする長江らの判断は、誤りであった可能性が高く、これらを安易に採用することはできない。
なお、児玉は本件傷をピンセットでほじくったり剥がしたりしてみた旨証言するが、ほじくった際に傷がどのようになったのか、剥がしてみた結果どうであったのかについては具体的供述がないために、右の証言から直ちに本件傷が陳旧性のものであったとは解し難い。
2 全体としての傷の形状
(一) 本件傷の形状と成因
証拠(<書証番号略>、藤田宮子、原告不二秀)によれば、本件傷は、聖の左足大腿部に二本の点線状となって現れ、下腿部に一本の点線状となって現れている(いずれも足の長さ方向の線である。)が、大腿部の前側の傷と下腿部の傷は、膝の部分で途切れてはいるものの、ほぼ直線を成しているので、連続性のある傷であると推認される。
このような傷は、直線状の物体に接触して出来たものであると考えるのが極めて自然である(皮膚が、直線状の物体以外のもの、例えば曲線状の物体に接したのであればこのような直線状の傷は出来にくい。しかも、一本ではなく二本出来ていることからすれば、ほぼ平行な物体に同時かそれに近い時間で接触したこともかんがえられる。)。
そのような場合の一つとして、本件部屋の窓枠(アルミサッシ)に接して出来た場合を想定し得る。聖とほぼ同年齢、同体形の子供を使った原告らの実験の結果(<書証番号略>)も右想定と合致する。
なお、被告は、大腿部の二本線が平行でなく上に行くに連れて幅が広がっていることから、窓枠や出窓のサッシに触れて出来たものではないと主張するが、大腿部の構造(上にいくにつれて太くなるのでサッシに触れやすくなり、かつ大腿部は柔らかいのでサッシ間の隙間に入りやすい。狭いところに入り込んだ状態で跡がついた場合、足の形状が元に戻ると、跡も広がる。)からして、平行なものに接した場合でも、跡が上に行くにつれて広くなることは考えられる(<書証番号略>の実験でも上に行くにつれて幅は広くなっている。)。
(二) 傷が点線状になっていたことについて
大橋正次郎(以下「大橋」という。)は、電流斑は、ジュール熱によって出来るものであり、皮膚に接触する物体の形状によって電流斑の形状も決まってくるものであるから、金属製の柱に接触していた場合には電流斑は直線状に途切れない形で現れるはずである旨証言する。
しかし、人の脚部の皮膚には凹凸があること、直前まで屋外で遊んでいた聖の皮膚には、ほこりや汗が付いていたであろうこと、窓枠(アルミサッシ)にもほこり等が付いていた可能性があることなどから、通電状況あるいはジュール熱の発生状況が一様ではなく不統一になったとも考えられ、この場合には電流斑も点線状になると推認される。従って、傷が点線状であることをもって本件傷が電流斑ではないと断定することはできない。
(三) 有刺鉄線等による傷である可能性の有無
被告は、本件傷は有刺鉄線か何かで出来た引っ掻き傷であると主張する。
しかし、有刺鉄線が原告宅付近に存在したとは認められない(<書証番号略>、江口靖子)。仮に有刺鉄線が存在していたとしても、有刺鉄線の針の先端は通常同一の方向を向いてはいないので、これによる傷が本件傷のように、ほぼ一直線状の点となって残るとは考えにくいこと、有刺鉄線にしては各傷の間隔が狭すぎること、有刺鉄線は通常地面とほぼ平行に設置されていること等を併せ考えると、本件傷が有刺鉄線によって生じたものであると想定することは極めて困難である。
更に、有刺鉄線に準ずるブリキの角その他の突起物によって生じた傷であるならば、聖の脚部がこのような物体に向けて瞬間的に当たってそのまま反対方向に引き離されたというような場合を想定しない限り、当該物体又は聖の足の移動に即応するような方向性と長さをもった傷(引っ掻き傷)が残るはずであるが、本件傷にはそのような方向性と長さが認められない。そして、上記のような場合を想定することは実際上困難である。
以上、いずれの視点から検討しても、本件傷が有刺鉄線又はこれに準ずる突起物によってできた引っ掻き傷であるとは認め難い。
3 他の事情も加えた総合評価
(一) 本件傷の生成時期
証拠(八木広美、原告恵美子、同不二秀)によれば、聖は本件事故当日、保育園に登園した際、聖の担任の保母である八木広美に健康状態を視診されていること、その時聖は半ズボンであり、また本件傷は目につきやすいものであるから、足にこのような傷があったのであれば容易に分かるはずであるのに、この点を糾された事実がないこと、仮に本件傷のように比較的広い範囲に傷を残すような怪我をしていたら聖は両親に報告していたであろうし、両親らもこれに気付いて然るべきところ、両親らが本件事故前にこれに気付いていた形跡がないことが認められ、これらによれば聖が本件事故当日帰宅する頃までは、本件傷がなかった可能性が極めて高いと言うべきである。
(二) 大橋鑑定、同証言について
大橋は、本件傷は、電流斑とは程遠い変化であって、「異常な傷」ではなく、電流斑と判定することは到底できないとの鑑定書(<書証番号略>)を作成し、同趣旨の証言をしている。その判断の根拠となった資料は、本件傷の写真(<書証番号略>)、長江作成の死体検案書(<書証番号略>)、長江及び児玉の各証言である。
しかし、本件傷は、前述のとおり多数の点ないし小円形上の傷がほぼ直線に連なっており、しかも熱傷のようにもかさぶたのようにも見られるのに、中心部が凹んでいるのである。このような傷を「異常な傷」ではないと言うことはできない。また、<書証番号略>の写真だけでは本件傷の形状は必ずしも明らかではなく、長江及び児玉の証言を安易に採用することができないことは既に判示したとおりである。従って、大橋の右判断は、その前提となる資料が十分なものであるとは言い難く、この観点からもその鑑定結果と証言を採用することはできない。
(三) 当裁判所の判断
以上に検討してきた各事実、即ち、個々の点状の傷の形状、全体としての傷の形状、傷の生成時期を総合すれば、本件傷は、感電によって生じた電流斑である可能性が極めて高いと判断せざるを得ない。
三左手の傷(皮膚変色)について
本件傷が電流斑であるとすると、電流斑には流入部と流出部があるはずであり、流入部があるのかが問題になるところである。
この点につき、原告は、聖の左手人指し指と中指の間の付け根に皮膚剥離があり、また、手のひらに黒い線があり、それが流入部の電流斑であると主張し、被告は、指の間の付け根の傷を単に、皮膚剥離を伴わない赤褐色の皮膚変化があるのみで、このような皮膚の損傷はなかったと主張する。
当裁判所の判断は以下のとおりである。
1 傷の存否及び形状
(一) 手のひらの黒い線について
証拠(<書証番号略>、江口靖子、原告恵美子、同不二秀)によれば、聖の左の手のひらに黒い線状のものがあったことが認められる。
しかし、そのようなものはなかったとする長江、児玉の各証言、聖はこの日帰宅前に屋外で遊んでいたこと、死体検案時にも手が汚れていたと認められること(長江)に照らせば、右の線は単なる汚れであった疑いが強く、傷であったとまでは認め難い。
(二) 指の間の傷について
証拠(<書証番号略>、長江、児玉)によれば、聖の左手の人指し指と中指の間の付け根(基節部)の皮膚が赤褐色に変化していたことが認められる。
これに対し、原告恵美子、同不二秀は、皮膚変色にとどまらず、皮膚が剥がれていた旨供述する。
しかし、医師である長江が死体検案書(<書証番号略>)の欄外に「赤褐色の皮膚変色あり」と記載した上、明確に皮膚が崩れる等の変化はなかったと証言し、検視の専門家である児玉もまた皮膚変色であると証言している。皮膚が剥けていたか否かの判断は、電流斑か否かの判断に比べて容易であると考えられ、長江や児玉がその判断を誤ったとは考え難い。
従って、原告恵美子、同不二秀の右供述にもかかわらず、聖の左手の人指し指と中指の間の付け根(基節部)の皮膚が剥がれていたとまでは認められない。
2 皮膚変色の成因
(一) 電流の流入部の傷の特徴
聖が感電を原因として死亡したものであると仮定すると、本件引込線が窓の手すりから左に向かって約二九センチメートルの位置にあった事実からすれば、電流は聖の左手から流入したと考えるのが最も自然である。
ところで、電流の流入部は、一般に一か所であることが多く、流出部が複数であることと対比して、そのかかる電圧も大きいことから、電流斑が顕著に認められることが多い(<書証番号略>、大橋)。本件で、聖の左足の十個前後の傷が電流斑であるならば、特段の事情がない限り、流入部である左手の電流斑はより顕著に認められるはずである。それにもかかわらず、聖の左手には皮膚変色があったにとどまる。被告は、この点を感電の事実がなかったことの一つの根拠として主張する。
(二) 聖の左手が濡れていた可能性
右特段の事情が認められる場合として、水分が介在したり、伝導物があるなどして、ジュール熱がそれほど発生しない場合が考えられる(大橋)。
証拠(<書証番号略>)によれば、本件事故が発生した昭和六〇年七月一一日午後六時五五分頃は天候曇り(但し、午後三時頃から翌日午前二時頃までは晴れており、本件事故前後約一時間だけ曇っていた。)、気温二九度、湿度六五パーセントであったことが認められる。(なお、<書証番号略>よりも<書証番号略>のほうが事故現場に近い上(<書証番号略>)、一時間毎の測定であって詳しいので、後者を採用する。)。
また、聖が事故の直前にコップでサイダーを飲み、ゼリーを食べたことは、既に判示したとおりである。
右各事実によれば、本件事故発生時、聖の左手が汗、あるいはコップのまわりに生じた水滴で濡れていたり、ゼリーが付着したりして電流の抵抗が比較的少ない状態にあった可能性が高い。
(三) 当裁判所の判断
以上の次第であるから、聖の左手の皮膚変色は、感電によって生じた軽度の熱傷である可能性が存すると認められる。
四本件引込線と本件部屋の窓の位置関係その他感電の可能性に関する客観的状況の有無について
原告は、黒コードに亀裂があり、そこに聖が左手を触れた為に感電したものであると主張するのに対し、被告は、仮に黒コードに亀裂があったとしても感電しうる状況にはなかったと主張する。そこで、感電の可能性に関する客観的状況の有無について検討する。
1 黒コードの亀裂と漏電
証拠(検証の結果、<書証番号略>、原告不二秀)によれば、本件事故発生当時、手すりの先端から最短で二九センチメートル、最長で三一センチメートルの位置にある黒コードのほぼ中央に、刃物で切ったような亀裂が存在したこと、右亀裂は、水分等が介在しない状態で触れても感電はしないが、水分等が介在する状態で触れれば感電する程度のものであった(検証の結果によれば、一五〇ボルトレンジで最大六〇ボルト。)ことが認められる。
太田貞雄(以下「太田」という。)は、検証の際に漏電の結果が出たのは、原告不二秀が黒コードを曲げたりして亀裂を大きくしたためである旨証言するが、検証調書にそのような記載がなく、太田自身も検証の現場でこの点について特に異議を述べるなどしていないと証言していることに照らし、信用できない。
2 水分等が介在した可能性
(一) 黒コードが濡れていた可能性
証拠(<書証番号略>)によれば、本件事故が発生した昭和六〇年七月一一日は、午前四時から八時にかけて合計5.5ミリメートルの雨が降ったが、その後は天気が回復し午後三時以降は晴れて気温も最高で三〇度に達していたことが認められる。右事実によれば、同日午後六時五五分頃に黒コードが濡れていた可能性は少ないと認めるのが相当である。
原告不二秀は、同日はずっと雨が降っていた旨供述するが、右証拠に照らし、信用できない。
(二) 聖の左手に水分等が付着していた可能性
聖の左手に水分等が付着していた可能性があることは、既に判示したとおりである。
3 原告宅の構造
原告宅は鉄骨造であり(<書証番号略>)、感電事故が起こりやすい構造になっていたことが認められる。
4 こたつ布団を干していたことについて
被告は、窓の左側半分にはこたつ布団が干してあったのであり、その大きさからして(窓が全開していたとして約九〇センチメートルなのに対し、こたつ布団は約一八〇センチメートル四方ある。)聖はこたつ布団の上に立ったはずであり、感電は起こり得ないと主張する。
確かに人体と金属との間に布団が介在すれば、電気は流れにくい。しかし、本件で電気の流出口として想定され得るのは聖の左足大腿部・下腿部であるから、布団が右部位と窓枠のアルミサッシとの間に介在する形で干されていたと認められないかぎりは、感電の可能性がある。しかるに、本件全証拠によっても、こたつ布団が右のような状態で干されていたとは認められず、かえってそのような干し方はしないのが一般であることに鑑みれば、被告の右主張は理由がないものと言わざるを得ない。
5 結論
以上の事実を総合すれば、聖が左手で黒コードに触れて感電しうる客観的状況にあったことが認められる。
五眼瞼結膜の溢血点、気道中の異物について
被告は、聖の眼瞼結膜には多量の溢血点、溢血斑が認められること、気道の奥にまで異物が詰まっていたことは、いずれも、聖が吐物誤飲によって窒息死したことを示すものであると主張するので、この点について判断する。
1 眼瞼結膜の溢血点、溢血斑について
(一) 証拠(<書証番号略>、長江、児玉)によれば、聖の眼瞼結膜には多量の溢血点、溢血斑が存在したこと、窒息死の場合、眼結膜に溢血点、溢血斑の所見が現れることが認められる。
(二) しかし、眼結膜に溢血点、溢血斑が生じるのは、窒息死に限られず、急性心機能障害の場合にも六〇パーセントの割合で発現すると認められるところ(<書証番号略>)、感電による死亡の主たる原因であると認められる心室細動(<書証番号略>、大橋)は急性心機能障害の一種であると考えられること、感電死のみに絞った研究結果でも眼結膜に溢血点が認められた事例があること(<書証番号略>)から、眼瞼血膜に溢血点、溢血斑が認められることを捕らえて、直ちに死因が窒息死であって感電死ではないとすることはできない。
2 気道の奥にまで異物が詰まっていたことについて
(一) 証拠(<書証番号略>、長江、児玉)によれば、長江が聖の死体検案をしようとしたところ、吐物が口と鼻全部に充満していたため、ガーゼを手に巻いて吐物を除いたあとさらに吸引器で取り除いたこと、吐物は口の奥にまで詰まっていたこと、人工呼吸器(気管の中にチューブを挿入しそこに強制的に酸素を送る機械)を装着しようとしたが吐物が声門を越えて気管の中まで入っていたこと、警察に移されたのち児玉が検視した時にも口中奥に一センチ角、五ミリ角程度のゼリー状の固形物が多量に詰まっていたことが認められる。
そうすると、死体検案の時に、聖の口の中、鼻の中、そして声門を越えて気管にまで吐物が詰まっていたことが認められる。
この点、原告らは、喉の奥の吐物が気管に残置されていたのか、食道からのものかは解剖や気管切開をする事のなかった本件では断定できないはずであると主張するが、長江は医師であり食道と気管の区別がつかないとは考えにくいこと、人工呼吸器を使うに当たっては事前に気管に異物がないかどうかを確認することは医師として当然のことであるから右主張はたやすく採用できない。
(二) 一般に、声門を越えて気管にまで吐物が吸引されるためには、そのときまで呼吸機能が働いていなければならないとされている(長江)。
しかし、本件の場合、次に述べる諸点からみて死因が窒息死であって感電死ではないとすることはできない。
(1) 救急措置の過程で入った可能性
証拠によれば、次の事実が認められる。
① 本件事故発生当日の午後六時五五分頃、本件窓の所で倒れている聖を発見した原告恵美子は、口移しで人工呼吸を試みたこと(原告恵美子)。
② 聖を長江の病院に運ぶ救急車の中では、救急隊員により器具を装填された上で、胸部を押す方法による人工呼吸が行われたこと(原告恵美子)。
③ 人工呼吸のためには気道を確保する必要があり、救急隊員も気道を確保しようとしたであろうこと(長江、弁論の全趣旨)。
④ 聖が当時まだ五歳であり、身体が小さかったことから、胸部を押す際に同時に腹部を押してしまうことも、緊急の事態ではあり得ること(原告恵美子、弁論の全趣旨)。
⑤ 小児は、胃の構造上、非常に吐きやすく、心マッサージの為に心臓の部分をマッサージする程度の動作でも、胃から食物が出てくること(長江)。
⑥ ゼリーは極めて流動性に富むものであること(公知の事実である。)。
右事実を総合すれば、聖が長江の病院に運び込まれる以前に行われた人工呼吸の際、気道を確保された状態で胸部周辺を押されたため、胃から食べ物が押し出された上、気道の奥に入り込んだ可能性があると認められる。
(2) 感電後、人事不省の状態で吐いて吸引した可能性
証拠によれば、次の事実が認められる。
① 聖は原告恵美子に発見された時、本件窓の手すりに身体を腹で支えて二つに折るようにしてもたれかかった状態であったこと(<証拠番号略>写真⑪、原告恵美子)。
② 発見時、聖は既に一部吐いていたこと(<書証番号略>、江口靖子。全く吐いていなかったとする原告恵美子の供述は右証拠に照らして採用できない。)。
③ 人体に電流が流れると、意識障害を起こして人事不省に陥ることがあること(<書証番号略>、大橋)。
右事実を総合すれば、聖は感電のショックで意識障害を起こして人事不省に陥り、その際に感電のショックそのもの、又は腹部を圧迫しかつ頭部が下方に垂れ下がった状態で倒れたために胃の中の物を吐き、それを吸引したために窒息死した可能性があると認められる。この場合には、直近の死因は吐物誤飲による窒息であるが、その原因となったのは感電であるから、感電と聖の死亡の間には相当因果関係が認められ、従って感電によって死亡したものであると言うことができる。
大橋は、感電のショックで吐いたという事例はない旨証言するが、小児の胃の構造(吐きやすいこと)及び聖の前記のような姿態状況に照らせば、ショックで吐くことがあり得ることは容易に推測できる。
(3) 元気であった子供が吐物誤飲によって死亡したものとすれば、気管に入ったものを吐き出そうとして苦しんだりもがいたりするであろうことは、当然予想されるところ、本件証拠を検討しても、聖についてこのような事実があった形跡は全くない。
六まとめ
以上、二ないし五で検討してきた全ての事情、とりわけ聖の左足の傷が感電によって生じた電流斑である可能性が極めて高いこと、手足の傷が体の左側に集中していること、聖の手の届くところにある黒コードに亀裂があり、状況次第では感電し得る状態であったことに加えて、既に判示したように聖が直前まで元気に遊んでいたことを考慮するならば、聖は黒コードの亀裂に触れたために感電し、次のいずれかの経過を辿って死亡するに至ったと認めるのが相当である。
1 心室細動を起こし即死した。
2 感電のショックで意識障害を起こして人事不省に陥り、腹を支えにして二つ折りになって本件部屋の東側窓の手すりにもたれかかる形になったが、その際、感電のショックにより、又は腹を圧迫したことにより、胃の中の物を嘔吐し、吐物を気道に吸引してしまったために窒息死した。
第四その他の争点に対する判断
一被告の責任
被告は、電気事業者として需要者に対し電気を安全に供給する責任を有するとともに、通商産業省の省令による技術基準を遵守し、電気工作物の安全を維持する保安責任を有していることは明らかである(電気事業法四八条一項)。具体的には、本件部屋の窓から最低1.2メートル離して本件引込線を設置しなければならなかったのである(電気設備に関する技術基準を定める省令八二条一項二号)。しかるに、被告は、黒コードを最短二九センチメートルの近距離に設置し、しかも、黒コードに生じた亀裂を放置し、もって漏電により聖を感電死させたのであるから、民法四一五条及び七一七条により、後記損害を賠償すべき責任がある。
二損害額
1 逸失利益
聖の逸失利益の算定の基礎となる収入は、同人が死亡した昭和六〇年の賃金センサス(男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計)によるのが妥当である。右によれば、年収は四二二万八一〇〇円となる。
そして聖は死亡時五歳であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であったが、その間の生活費を五〇パーセント、中間利息をライプニッツ方式によりそれぞれ控除すると(ライプニッツ係数は9.635)、その逸失利益を算定するための計算式は次のとおりとなる。
(計算式)
422万8100×(1−0.5)×9.635
右計算式によれば、聖の逸失利益は、原告ら主張の九三二万三三四三円を下らないことが認められる。
原告らは、これを各自二分の一(四六六万一六七一円)ずつ相続した。
2 慰謝料
原告らは右に判示した経緯によって発生した感電事故により、最愛の子を失ったのであり、その慰謝料は各自につき七五〇万円が相当である。
第五結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官飯島健太郎)